春になったら苺を摘みに 梨木香歩 (新潮文庫) - あらすじと感想

春になったら苺を摘みに 梨木香歩 (新潮文庫) - あらすじと感想

2018/01/28 12:53 neputa

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あらすじ

  • 本書より引用
「理解はできないが、受け容れる」それがウェスト夫人の生き方だった。「私」が学生時代を過ごした英国の下宿には、女主人ウェスト夫人と、さまざまな人種や考え方の住人たちが暮らしていた。ウェスト夫人の強靭な博愛精神と、時代に左右されない生き方に触れて、「私」は日常を深く生き抜くということを、さらに自分に問い続ける――物語の生まれる場所からの、著者初めてのエッセイ。

読書感想

読みどころ

  • 英国郊外で過ごした学生時代、20年越しの再訪など著者の原点とも言える体験を綴ったエッセイ集。
  • 多大な影響を受けた下宿先の大家をはじめ、彼女が出会った多種多様な人々とのエピソードはいずれも興味深く引き込まれる。
  • 小説作品と同様、独特な手触りを感じさせる文章は、多くの気づきをもたらすと同時にどこまでも心地よい。

読むきっかけ

以前、同著者による「ピスタチオ」という小説を読んだ際に、実在するにも関わらず掴みどころのないもの、例えば水のような存在感という、なんとも表現し難い感覚を味わった。続いて読んだのがスズメと十二年の歳月を共にした夫人による記録集で、こちらは彼女が翻訳を手がけたものだった。

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この二作を通じ、ぼんやりといつまでも消えることなく残る印象があった。うまく言語化できないそれは、ようやく著者個人への興味だと気づいた次第。

これまで作品を気に入り同じ著者の作品を読んでいくことはあっても、作家個人に興味が向かうことは稀だった。ウェブでインタビューを探しいくつか読んでみたが、もう少しまとまったものをと思っていたところ、本書と出会うことができた。

著者の原風景ー英国郊外での暮らし

著者は二十歳前後の頃に渡英し、「Saffron Walden」という町で下宿生活を送っていたそうだ。

Saffron Walden ー ウィキペディア

本作は二十年ぶりに同地を訪れ、ゆかりのある土地や出会ってきた人々との関り、そして当時の回想などを交え綴られたエッセイである。

彼女が出会ってきた人のなかで、最も大きな影響をもたらしたであろう人物は下宿先の主人、「ウェスト夫人」である。ウェスト夫人は米国ニューヨーク出身で、離婚後に我が子と共に英国へと渡ってきた。S・ワーデンの地で様々な下宿人を受け入れる彼女はクウェーカー教徒でもあり、その生き方、思考や振る舞いには非常に惹かれるものがある。

ウェスト夫人を中心としたコミュニティのなかで、著者は学生時代を過ごし、物語を紡ぐいまの感性を形成してきたのだと感じる。S・ワーデンという土地は著者にとって第二の故郷なのだろう。

捉えどころのない存在感、独特な感性について

エッセイという読み物は、往々にして書き手のエゴが見え隠れするものが多いと偏見を抱いてきたが、梨木香歩氏によるこの作品は断じて違う。

著者の視点を通じ描かれる人々は、なぜかこちらが直接見知っている人びとのように錯覚する。この感じは「ピスタチオ」で受けたものと同じだった。抑制の効いた文章は書き手の存在を透明にし、彼女が見聞きした世界と読み手の距離を近づけてしまう魔法のようだ。

かといって著者に存在感がないというわけではない。独特な文章によって錯覚しているだけであり、そこにはやはり彼女独自のフィルターが存在する。そのフィルターを構成する思考や感性を探り当てようとページをめくっていくと、そのヒントがいくつか見つかった。

私は例えばコソボ紛争の政治的な成り行きにはあまり関心がない。しかしその結果、アレキサンダーたち姉妹が幼い頃に親を目の前で失い、その生い立ちのために特異な価値観を形成するに至った過程には、理解したいという欲求が強く起こってくる。
ウェスト夫人のもと下宿人となった姉弟についてのくだりで著者の思考の一端が語られた場面。この感覚は大いに共感できるものだった。

ディベートという名のスポーツを、わたしは信じない。ああ、でも彼らがアルコールの場を離れて真摯にそのことについて考え合おうというのなら、私も語りたいことがある。
PUBの隣のテーブルで歴史に関する議論が漏れ聞こえてきた場面でのこと。主義主張の正しさを争う不毛なゲームには興味がない。理解しあい解決を見出すためにエネルギーを費やそうとするならば賛同するということだろう。

私が惹きつけられるのは荒れ地に沼地、野山や小川、人の住んだ跡、生活の道具、人が生きるための工夫(信仰を含めて)そういうものだということが、そしてどうやら最後までそういうことに限定されそうだということが、人生の中間地点に差し掛かりしみじみわかってきたところだった。
ウェスト夫人にニューヨークでのクリスマスに招かれ、著者がふと自身を顧みた場面。あまり興味を引かないニューヨークとの比較として、この世界で彼女の視界に映るものが列挙されている。

読み進むにつれ、著者と彼女を取り巻く世界が益々好きになる。これまでに触れたことのない感性を持つ人の存在が確かに感じられる。


著者について

  • 本書より引用
梨木香歩 Nashiki Kaho
1959(昭和34)年生れ。作品に『西の魔女が死んだ』『裏庭』『からくりからくさ』『りかさん』『エンジェル エンジェル』『丹生都比売(におつひめ)』『家守綺譚』『村田エフェンディ滞土録』『沼地のある森を抜けて』『この庭に―黒いミンクの話』『春になったら苺を摘みに』『ぐるりのこと』『水辺にて―on the water/off the water』絵本『ペンギンや』『蟹塚縁起』『マジョモリ』『ワニ』など。

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