ある小さなスズメの記録 クレア・キップス (文春文庫)ー あらすじと感想

ある小さなスズメの記録 クレア・キップス (文春文庫)ー あらすじと感想

2018/01/16 12:20 neputa

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あらすじ

  • 本書より引用
第二次世界大戦下のイギリス。夫に先立たれた一人の老ピアニストが出会ったのは、一羽の傷ついた小雀だった。愛情深く育てられたスズメのクラレンスは、敵機の襲来に怯える人々の希望の灯となっていく――。特異な才能を開花させたクラレンスとキップス夫人が共に暮らした12年間の実録。世界的大ベストセラーの名作。解説・小川洋子

読書感想

読みどころ

  • 主に野生種として生息する「スズメ」が人間と共に暮らし一生を終えるまでが観察された貴重な作品。
  • ピアニストに育てられたせいか音階を奏でたり、怪我の影響により個性的な動きを見せるなど貴重な行動が記録されており、いつしか見知らぬ小さなスズメに親愛の情が湧いてくる。
  • 飼い主であった著者による愛情がこもった文章は、誇り高い在りし日のクラレンスの姿を我々の前に浮かび上がらせてくれる。作家である梨木香歩さんの翻訳もまた素晴らしい。

小鳥と暮らすこと

本屋さんで偶然目に止まり購入した。
私ごとだけれども、昨年より同居者に文鳥が加わったことで、それ以来、町中でも山を歩いていても小鳥たちの鳴き声やその様子を意識するようになった。
本書との出会いもその影響が大きい。

著者のキップス夫人が自宅の玄関前で偶然にも瀕死のスズメの雛と遭遇したのは1940年の7月のこと。一段と戦火が激しくなる最中だった。

キップス夫人は懸命に傷ついた雛を看病し、ようやく目を開け動き回れるまでになった。が、片足と片羽に障害があるその雛は野生に返すには十分躊躇われる状態にあった。彼女たちは共に暮らすことになり、共同生活は12年に及ぶことになる。

本書の副題に
人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯
とある。

「小鳥と人間」という種を越えて互いを尊重し、想い合った一羽と一人の記録である。

個性について

小鳥の感情と言ってもピンとこない方が多いのではないか。
文鳥と暮らし始めるまでの私には、あの小さな羽毛の塊に個性や感情を見出すことの発想が、恥ずかしながらそもそも無かった。

だが毎日を共にすることで彼の(ちなみにオスの文鳥がいる)好き嫌いや、どうやったら安心するのか、一人で遊んでいるところを邪魔されるのを非常に嫌うことなどがわかってくる。

動画で他の文鳥を見る頻度も増えた。そしてそれぞれに個性があることを発見する。
特に鳴き声や奏でるメロディーにはその違いが顕著であり飽きることなく聞き入ってしまう。

クラレンスはスズメだがメロディーを奏でる才能があったそうだ。
キップス夫人が音楽家であり、自宅でピアノを引く影響もあってか、クラレンスは「チュンチュン」という鳴き声だけでなく、才能ある歌手として歌声で戦時下で苦しむ人々の心を癒やしたという。

まったく同じ生きものなど存在しない、という昔からの決まり文句がある。大量生産が、神の創造のあり方であったことはなかった。それを私たちが社会に取り入れるのなら――それがどれほど、現代文明の発展に不可欠のものに見えたにしても――神が導こうとされた方向とは全く違う遠いところへ私たちは旅をすることになり、本来の道から急激にそれるため、破滅的な事態は避けられないものになるだろうと私は確信する。
キップス夫人はクラレンスの「個性」を通じ、生物本来の姿を見出す。

すべての生命に同じものがひとつとして存在しない事実は、神の意志という言い方が馴染まないにしても、自然の摂理なのだと理解することができる。
しかし我々人間が創りあげた文明社会は、何かと画一的なものを生む傾向にあり、これは自然界の法則に抗う行為と言えるのかもしれない。
そしてそのような行為は破滅に向かうと著者は警告する。

個について

スズメの群れが空を横切り、チュンチュンと朝の訪れを知らせる。
これまで私にとってスズメは正直BGMや背景の一部でしかなかったように思う。
本書は彼らそれぞれに個性があり、「まったく同じ生きものなど存在しない」ことの意味を教えてくれる。

日常的に電子化された情報を扱う人は、幾種類ものナンバーに囲まれ日々生活しているであろう。私もそうだ。PVなど何かしらの件数、フォロワー数、統計上の数値などなど。

身近な出来事を瞬時に数値化する技術は人類が獲得した成果である。しかしその数値は誰かが存在し行動したことの証だという実感が薄くなっているとしたら、少し立ち止まって考える必要があるのかもしれない。

最後に

表紙や扉のイラストは「酒井駒子」さんという方のもので、読み終わった今、私の中でそのスズメは「スズメ」ではなく「クラレンス」となった。

本書の訳者が小説家の梨木香歩さんだったことは、本書を手に取ったもうひとつの理由だ。以前「ピスタチオ」という作品を読んだことがある。

解説や訳者あとがきからは関係者によるこの作品およびクラレンスへの大きな愛を感じる。


著者について

  • 本書より引用
クレア・キップス Clare Kipps
1890年、イギリスのシュロップシャー洲生まれ。本名はルーシー・ヘレン・マグダレン・キップス。30歳を過ぎてからロンドンの王立音楽院でピアノを学び、プロのピアニストとして活躍。1938年に夫ウィリアムがなくなった後は、ロンドン郊外での一人暮らしが長かったが、晩年は姪一家の住むウェスト・サセックス州に移住。1976年、86歳で逝去。著書に「Sold for a Song」「Timmy」など。

訳者について

  • 本書より引用
梨木香歩(なしき・かほ)
1959年生まれ。小説に『西の魔女が死んだ』『裏庭』『丹生都比売』『りかさん』『からくりからくさ』『家守綺譚』『沼地のある森を抜けて』『ピスタチオ』『雪と珊瑚と』『僕は、そして僕たちはどう生きるか』『海うそ』『冬虫夏草』、エッセイ集に『春になったら苺を摘みに』『渡りの足跡』『鳥と雲と薬草袋』『エストニア紀行』『不思議な羅針盤』などがある。

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