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『海炭市叙景』 佐藤泰志 【読書感想・あらすじ】

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あらすじ

海に囲まれた地方都市「海炭市」に生きる「普通のひとびと」たちが織りなす十八の人生。炭鉱を解雇された青年とその妹、首都から故郷に戻った若夫婦、家庭に問題を抱えるガス店の若社長、あと二年で定年を迎える路面電車運転手、職業訓練校に通う中年男、競馬に入れ込むサラリーマン、妻との不和に悩むプラネタリウム職員、海炭市の別荘に滞在する青年…。 季節は冬、春、夏。北国の雪、風、淡い光、海のにおいと共に淡々と綴られる、ひとびとの悩み、苦しみ、悲しみ、喜び、絶望そして希望。才能を高く評価されながら自死を遂げた作家の幻の遺作が、待望の文庫化。
――本書より引用

読書感想

読みどころ

  • 日本の北部に位置する地方都市での人々の暮らしを淡々と綴った18篇の物語。激しい起伏などはないが淡々と短時間で読める作品。
  • 各話の登場人物の年齢や境遇は様々で見知らぬ人たちの人生に読み手の人生をところどころ重なる部分を見つけ出す楽しみがある。
  • 自殺により亡くなってしまった著者が人生の最後に手掛けていた作品であり、未完となった本作の後編をぜひとも読んでみたかった。

物語の舞台は函館

著者が函館出身であり解説に説明があるのだが、本作品の舞台は北海道函館市をもとに生まれた架空都市「海炭市」である。

本書を読み進めている時期と同じくしてNETFLIXでFARGOというドラマを観た。舞台はアメリカ北部の北欧移民が多く住む真っ白で少しくたびれたような印象の町だった。

そして、個人的に知るところの多い青森の雪深い地域の景色。

これら2つを合わせた景色が重なり合いながら私の脳裏に海炭市が描かれていった。

函館出身の著者にとって、かつて栄えた炭鉱と海の町であるというのが故郷に対する原風景であり、そして都市名が「海炭市」となったのだろうと想像する。

以前読んだ「そこのみにて光輝く」と重なる景色

一年ほど前に読んだ「そこのみにて光輝く」が、初めて読んだ佐藤泰志作品だった。

そこのみにて光輝く (河出文庫) 佐藤泰志 | neputa note

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本作品で同じような風景や時代背景が登場する。

炭鉱が閉山になり労働組合ともめる話だとか、地域の中ですこし差別的に見られている浜を埋め立ててできた団地が立ち並ぶ地域だとか。

そのせいもあってか、一年前の読書であったが、あのなんともいえないくたびれたような、ほの暗い影がぬぐい切れない若者たちの姿が記憶に蘇ってきた。

前半の9編と後半の9編で印象が変わっていく不思議さもある作品だったのだが、前半は「そこのみにて光輝く」と印象が重なる人物や話が多く、後半は明るさや幸福感などといったキーワードが浮かぶ話などが混ざってきて多様になっていく印象。

超簡潔ひと言感想

前半の一部を除いて、基本的に各話の登場人物たちにつながりはない。なので、全体的な印象などは以上にとどめ、それぞれの話しの感想を簡潔に記す。

第一章 物語の始まった崖

まだ若い廃墟

兄弟の悲劇と、売店の少女たちの日常感の対比がもの悲しさを増す。

青い空の下の海

前話の兄弟が本話の若い男女の幸福を引き立ててる感がある。

この海岸に

コンテナどーなったか気になって寝れない。

裂けた爪

この前後は登場人物につながりがある。晴夫の子供や女房の気持ちがわかってない感が切ない。

一滴のあこがれ

少年時代に町でひとり繰り出したときのわくわく感を思い出した。ほしかった切手と映画代のやりくりで興奮してる感じ、すごいわかるぞ。

夜の中の夜

辛い過去は伝わるが、息子と女房に会うことだけが頭のなかを占めているこの男は間違いなく幸せだと思うよ。

週末

そこのみにて光輝くと重なる地域が出てくる。路面電車の運転手は間違いなくいい父親だし、一人娘の婿はいい青年だ感ががんがん伝わってくる。幸せになれ!

裸足

なぜか店の中の様子とか真夜中の様子が詳細まで頭に浮かんだ。何気ないけどこの話が一番好きだ。

ここにある半島

その判断を支持する。あいつはダメだ。

第二章 物語は何も語らず

まっとうな男

とっても切ないまっとうな男。

大事なこと

大人になってもキャッチボールできる友がいるのはいいな。

ネコを抱いた婆さん

最も心温まる話。婆さんがネコを抱っこして話しかける最後の場面を映像で見たい。

夢みる力

暗くない哀愁、いいよ、いいよ。

昂った夜

少女から限りなく大人のほうに近くなってきた時期の青春。

黒い森

もうこうなってしまうとダメなのかなあ。

衛生的生活

すごい古い映画でこんな男を観た記憶があるけど思い出せなくて寝れない。

この日曜日

野生の大麻なんか探さずに近くの幸せを大事にして幸せになってしまえよ。

しずかな若者

この話は他と比べて極端に雰囲気が違うと感じた。後編はここから新たに始まる予感を感じてそれは訪れないとわかって暗い気持ちになった。

18人の主人公と彼、彼女たちにかかわる周辺のひとびとの人生を、そっと覗くことができる味わい深い作品だった。

函館といえば、以前、真夜中にSNSで中脇初枝の「魚のように」を読んで!と誰あてもなくつぶやいていたのは函館の子だったのを思い出した。

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映像化について

カバーの薄光がたまらない。

監督:熊切 和嘉で2010年に映画化されている。

短編集がどのような形で映像化されているのか確かめてみたい。


著者について

佐藤泰志(さとう やすし)
小説家。一九四九年北海道函館市生。國學院大學哲学科卒。八一年、「きみの鳥はうたえる」が第八六回芥川賞候補となる。以降、八八回、八九回、九〇回、九三回の芥川賞候補作に選ばれる。九〇年一〇月一〇日自殺。享年四一。著『きみの鳥はうたえる』『そこのみにて光輝く」『黄金の服』『移動動物園』『大きなハードルと小さなハードル』『海炭市叙景』。
――本書より引用

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