『風花病棟』 帚木蓬生 ~10人の医師たちによる10編の物語~【読書感想・あらすじ】

2017/02/15

目次 [隠す]

記事画像

『風花病棟』あらすじ

乳癌と闘いながら、懸命に仕事を続ける、泣き虫先生(「雨に濡れて」)。診療所を守っていた父を亡くし、寂れゆく故郷を久々に訪れた勤務医(「百日紅」)。三十年間地域で頼りにされてきたクリニックを、今まさに閉じようとしている、老ドクター(「終診」)。医師は患者から病気について学ぶのではなく、生き方を学ぶのだ――。 生命の尊厳と日夜対峙する、十人の良医たちのストーリー。
――本書より引用

読書感想

読みどころ

  • 十人十色、同じ職業である医師であってもそれぞれの人生がある。10人の医師たちの人生に触れることができる10篇の短編集。
  • おそらくは全編舞台は九州であろう。九州の豊かな自然と季節の移ろいが彼らの人生と折り重なる描写が美しい。
  • 現役の精神科医である著者が細やかに描く医師と患者の心象はあまりにも現実的であるが温かい。

心温まる10人の医師たちを描いた10篇の短編集

幸いにも健康体であり、ふだん医師たちの働く姿を目にすることはないし意識する機会もなかなかない。あるとすれば、医療界の不祥事がニュースで流れたときなどであろうか。

これまで医師と対面した際に、彼らの人生などは考えたことなどはなかった。が、そういう方は多いのではないだろうか。

本作品では10人の医師たちの人生に触れることができる。

考えてみればあたり前のことであるが、彼らにも青春時代があり日々の悩みがあり、なかには重病を抱え患者という立場を経験する者もいる。

患者とのやりとりを通じて彼らが抱く心象などは非常に興味深いものがあり、また全編つうじて心の隙間をそっと埋めてくれるような人間同士の触れ合いからにじみ出る優しさが読後感を心地よいものにしてくれる。

九州の自然とともに描かれる物語

帚木氏の作品の特徴として好きな点として、自然の草花やさまざまな生き物の描写がある。本作品にも九州のさまざまな自然の姿や草花が登場し、物語をより印象づける役割を果たしている。

他の作品でも登場したことがある「山藤」は特に好きだ。(藤籠)

山裾を紫色の絨毯が広がっている様子を描いた描写はとても幻想的で、私はいつも絵本の中の世界に運ばれていくような不思議な気分になる。

他にも百日紅を題材にしたものや、医師と患者で花壇を植えたり、医療の現場と自然とが混ざり合った物語が楽しめる。

現役医師の著作であること

著者は現役の精神科医であり、小説家として著作を発表し続けながらも診療の現場に立ち続けているそうだ。

医師の立場で現場をよく知る著者が描く患者たちの心模様はとても現実味があり、その苦しみや迷いなどを丁寧に描いている。

それは、医師側の立場でありながらも互いに人間同士であり患者たちの揺れ動く感情とまっすぐ向き合ってきた方だからこそ表現できるものなのだろうと想像する。

帚木氏の作品は、強烈な現実と、どこまでも優しい人間愛に満ちた作品が多く、私はほんとうに大好きだ。

いつまでもお元気に医師として、作家としてご活躍されるよう祈っております。


著者について

帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)
1947(昭和22)年、福岡県生れ。東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。2年で退職して九州医学部に学び、現在は精神科医。'93(平成5)年『三たびの海峡』で吉川英治文学新人賞、'95年『閉鎖病棟』で山本周五郎賞、'97年『逃亡』で柴田錬三郎賞を受賞した。2011年『ソルハ』で小学館児童出版文学賞を受賞。他に『臓器農場』『ヒトラーの防具』『安楽病棟』『国銅』『空山』『アフリカの蹄』『エンブリオ』『千日紅の恋人』『受命』『聖灰の暗号』『インターセックス』『風花病棟』『水神』『蠅の帝国』など著作多数。
――本書より引用

「帚木蓬生」作品の記事

『白い夏の墓標』 帚木蓬生 ~細菌・ウィルス研究を巡るミステリ~【読書感想・あらすじ】 | neputa note

あらすじ パリで開かれた肝炎ウィルス国際会議に出席した佐伯教授は、アメリカ陸軍微生物研究所のベルナールと名乗る見知らぬ老紳士の訪問を受けた。かつて仙台で机を並べ、その後アメリカ留学中に事故死した親友黒

blog card

『安楽病棟』 帚木蓬生 ~安楽死を問う作品~【読書感想・あらすじ】 | neputa note

あらすじ 深夜、引き出しに排尿する男性、お地蔵さんの帽子と前垂れを縫い続ける女性、気をつけの姿勢で寝る元近衛兵の男性、異食症で五百円硬貨がお腹に入ったままの女性、自分を23歳の独身だと思い込む女性…様

blog card

『薔薇窓の闇』 帚木蓬生 ~人間らしさを貫く医師の物語~ 【読書感想・あらすじ】 | neputa note

薔薇窓 (帚木蓬生) のあらすじと感想。パリ警視庁特別医務室に勤務する精神科医のラセーグは、犯罪者や保護された者を診断する毎日。折しもパリでは万国博覧会が開催され、にぎわうが、見物客の女性が行方不明

blog card

『閉鎖病棟』 帚木蓬生 ~二度に渡り映画化された名作~ 【読書感想・あらすじ】 | neputa note

あらすじ とある精神科病棟。重い過去を引きずり、家族や世間から疎まれ遠ざけられながらも、明るく生きようとする患者たち。その日常を破ったのは、ある殺人事件 だった……。彼を犯行へと駆り立てたものは何か?

blog card

『インターセックス』 帚木蓬生 ~多様な性について言及した2008年出版作~【読書感想・あらすじ】 | neputa note

あらすじ 「神の手」と評判の若き院長、岸川に請われてサンビーチ病院に転勤した秋野翔子。そこでは性同一障害者への性転換手術や、性染色体の異常で性器が男でも女でもない、“インターセックス”と呼ばれる人たち

blog card