『ダック・コール』 稲見一良 【読書感想・あらすじ】

2015/05/13

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あらすじ

石に鳥の絵を描く不思議な男に河原で出会った青年は、微睡むうち鳥と男たちについての六つの夢を見る――絶滅する鳥たち、少年のパチンコ名人と中年男の密猟の冒険、脱獄囚を追っての山中のマンハント、人と鳥と亀との漂流譚、デコイと少年の友情などを。ブラッドベリの『刺青の男』にヒントをえた、ハードボイルドと幻想が交差する異色作品集。"まれに見る美しさを持った小説"と絶賛された第四回山本周五郎賞受賞作。
――本書より引用

読書感想

何とも不思議な小説であった。

冒頭の「プロローグ」、社会から半ば逃げ出すように旅に出た青年は、河原で偶然知り合った男を雨宿りのため自分の車へと招き入れる。

重そうな男の荷物の中身は「石」だと言う。そして男はその石に絵を書いて過ごしている。青年が見せてほしいと言うと、男は「そんな変なものを見ると、鳥の夢でうなされるよ」と言いつつ寝入ってしまう。そして青年は鳥にまつわる夢を見ることになる。

この「プロローグ」に始まり、途中で青年が目を覚ました場面を「モノローグ」として挟み、全部で六編の鳥にまつわる不思議な物語を夢に見て、最後の「エピローグ」で青年は目を覚ます。

石に描かれた鳥たちに誘われ、時も場所も異にする夢の世界を旅して目を覚ます、まさにこの青年が味わった感覚がそのまま読み手の読後感と重なる、初めて味わう感覚であった。

六編の物語はいずれも鳥と人間の関わりを描いており、物語ごとにその関係性が異なる。鳥たちは、ときに美しさで人間を幻惑し、また狩りの対象となる獲物や人間を生かす食料でもある。そんな鳥たちと人間たちとの関係性から人間の持つさまざまな本性を浮き彫りにする。

登場する鳥に魅せられる人々(自然に対して敬意を払う人々でもある) は、いずれも人間社会に馴染めず、孤独を愛する傾向が見られる。そんな彼らは当然鳥だけでなく、同じ種である人間とも関わりを持つことは避けられない。

人間対人間の世界に鳥たちが大きく関わることで、人の優しさや愚かしさがまた違った見え方となり、これまでに無い感情で世界を見ている気持ちにさせられる。

本書が山本周五郎賞を受賞した際に、「まれに見る美しさを持った小説」 という選評が添えられたそうだ。

その美しさは、鳥や自然の美しさであり、その鳥たちと関係をもつ者たちの振る舞いであり、鳥を愛するものが他者と築く関わり方であり、それらの場面に触れたとき、胸が「カッ」と熱くなると同時に、鳥肌が全身に起こる感覚がなんとも言えない。

非常に稀有な作品であった。


メモ

本書にはさまざまな鳥が登場し、その都度、ネットで検索して姿の美しさや鳴き声を聞いたりしながら読み進めた。

なかでも、ホイッパーウィル(英:Whip-poor-will)という鳥の鳴き声が印象に残っている。物語の中で、この鳥は人間が楽器を弾くと、それに合わせて一羽、二羽と歌い出し、やがて大合奏となるという逸話が語られている。

著者について

稲見 一良(いなみ いつら、1931年1月1日 - 1994年2月24日 )は、日本の小説家、放送作家。大阪府大阪市出身。
記録映画のマネージメントを務める傍ら、1968年文芸誌の新人賞に入選、しかし多忙のため作家活動に専念しなかった。1985年肝臓癌の手術を受けるが全摘ができないと分かると、生きた証として小説家活動に打ち込むと周囲に宣言し、1989年『ダブルオー・バック』にて本格的に小説家デビュー。1991年『ダック・コール』にて数々の賞を受賞し期待されるも、1994年わずか9冊を残して癌のため没した。
――本書より引用